【27】どうしたのかしら… 誰もいないのに奇妙な“存在感”?(前の家の花子さん)

©️水木プロダクション

 人は、見えないものの存在を認めたがらない。

 それは存在するものはすべて見えるはずだという思い込み、あるいは、人間の視力に対する過信ではないか。

 水木サンは常々、妖怪の類いは“見えないけれど存在する”と考えていた。その証拠に、奇妙な“存在感”を感じることがあるだろう。江戸時代ごろまでは夜が暗かったので、その存在感がより明確で、感度のいい人には見えた。だから、絵に残っている。近世は夜が明るくなりすぎて、人々の感度が鈍り、見えなくなってしまった。

 1993年1月『月刊漫画ガロ』の「水木しげる特集2」に発表された短編「きのこ」には、見えないものの存在感が描かれている。

 メガネ出っ歯の浪人山田が、駅前のデパートに行くと、エレベーターで大竹まこと氏そっくりの『只の宇宙人』に出会う。山田が驚くと、宇宙人は近くの『ボンクラの森』にいると言い、翌日、山田はその森を訪ねる。そこには巨大なキノコのような宇宙船があり、中に『只の宇宙人』がいる。

 中に入ると、宇宙人は山田にいろいろなボタンの操作を教えて、『町の喫茶店で金星人と会ってくるから』と、出かけてしまう。順にボタンを押すと、コーヒーやらスパゲティ(?)が出てきて、快適な音楽も流れる。ダイヤモンドまで出てきて、もしかしたら『絶世の美女も出るかも』と、押してはならないボタンを押してしまう。すると、一瞬にして、宇宙船共々、山田自身が消える。後悔するが後の祭りで、自分が『無』になったのかと落ち込むが、肉体は存在しているので、消えたのではなく、透明になったのだと気づく。

 それなら『ちょっとわるいけど、日頃の思いをとげさせてもらう絶好の機会だ!!』と、山田は前の家の花子さんの寝室に入り込む。キスをしてフトンの中にもぐりこむが、花子には山田の姿が見えない。そこで彼女が冒頭の一言をつぶやく。

 山田が思いを遂げようとした瞬間、帰ってきた宇宙人が『透明修正ボタン』を押すと、下半身裸の山田が花子の前に姿を現し、花子は『キャーッ』と叫んで、父親を呼ぶ。山田は動転して逃げ帰り、『カミサマ、夢であって下さい……』と念じる。

 宇宙人の透明ボタンとは関係ないが、私も見えないものの存在を意識せざる得ない経験をした。妖怪や幽霊を見た、というのではない。その逆だ。

 私は30代のはじめに外科医をやめ、外務省の医務官という仕事で、海外の日本大使館に勤務した。サウジアラビア、オーストリアのあと、パプアニューギニアに転勤し、そこで水木サンと親しくなった。それはさておき、ニューギニア人の五感の鋭さには驚かされた。

 電気も水道もない山奥の村に行ったとき、あいにくの雨で、夜は完全な暗闇だった。どれくらい暗いかというと、外に出て、目を開けても閉じてもまったく変化がないほど暗い。私は小用を足しに小屋の外に出たのだが、危ないからと案内人がついてくれた。その彼が数歩進んで、私に言った。

「そこ、溝があるから気をつけろ」

 目を閉じているのも同然の暗さなのに、なぜ見えるのか。

 あるいは、極楽鳥を見るツアーに入ったとき、高さ20メートルほどの木々が茂るジャングルで、案内人が声をひそめ、「あそこに2羽いる」と言った。ツアーに参加していたオーストラリア人たちを含め、私は必死に目を凝らしたけれど、見えなかった。

 視力ばかりではない、聴力もすごい。山奥の村では、飛行機は1日1便で、子どもたちはそれを見るのが楽しみらしく、時間前から大勢が空港の金網に群がる。飛行機はたいてい遅れ、ツアーの参加者は一応、時間通りに空港に行ったが、どれくらい待たされるかわからなかった。

 退屈しながら待っていると、金網の外にいる子どもたちがざわめきはじめた。飛行機が来たというのだ。飛行機は影も形もない。しかし、それから数分すると、実際に飛行機が空の彼方に現れた。子どもたちは、はるか遠くの爆音を聞き分けていたのだ。

 村人たちは靴とかサンダルというような贅沢なものは持たず、ほとんどが裸足だ。その足は分厚く、頑丈で、逞しい。濡れた赤土の斜面を歩くときなど、運動靴の私は何度も滑りかけたが、裸足の彼らは足の指で地面を掴むようにしてぐいぐいと歩いた。そんな彼らの足裏は、私などと比べれば、はるかに強靱で感度が研ぎ澄まされているようだった。

 そんな彼らが、川の茂みの下の淀みを指して、「あそこにはサングマがいるから、近づくな」と言う。サングマはニューギニアの妖怪で、悪霊に近いものだから危険なのだ。もちろん、私には何も見えない。しかし、おそらく私の数倍以上、感度のよい五感を持つ彼らが、真剣な表情で「いる」と言うと、私にはとてもそれを否定することはできなかった。

 ないことの証明はむずかしい。見えないからないと決めつけるのは、浅はかなことかもしれない。

 (「きのこ」より)

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