【55】「おい、もういうな」(山岸少尉)

©️水木プロダクション

 さて、膨大な水木マンガの中でも燦然と輝く大傑作、「総員玉砕せよ!! 聖ジョージ岬・哀歌」からの一言です。

 戦争反対、平和尊重を訴える映画や小説、ドキュメンタリーなどは数多(あまた)あるが、水木サンの描く戦争ほど、心に響くものはない。

 舞台は1943年のニューブリテン島(ニューギニア戦線・ラバウルのある島)。実際に二等兵としてこの島に派遣された水木サンの体験と見聞が、ほぼ事実の通り描かれる。

 兵隊の日常は、塹壕掘り、椰子の木運び、水汲み、飯上げ(食事の準備)など、重労働の連続である。下らないことで上官に殴られ、丸太の床に寝さされ、ロクな食事は与えられない。そんな中で兵隊が次々と死ぬ。戦闘で死ぬのではなく、デング熱で死に、マラリアで死に、衰弱で死に、ワニに襲われて死に、獲った魚を喉に詰めて死ぬ。もちろん戦闘でも死ぬ。爆撃で死に、機銃掃射で死に、敵の狙撃で死に、小便の途中に艦砲射撃で吹き飛ばされて死に、味方の誤射で死に、手榴弾で自爆して死ぬ。

 そうかと思えば、水木サン自身がモデルの丸山二等兵は、夜中に便意を催し、寝ぼけたまま排便しようとして、糞溜めに踏み込んでしまい、糞まみれになった靴を、あろうことか飯桶の水に浸けて洗ったり(翌朝、そこに飯が盛られる)、ピー屋(慰安所)に行くと、営業が終わる5分前でも70人ほどの兵隊が並んでいたり、ドラム缶風呂を沸かすよう命じられて、中隊長が入る前にこっそり湯の中で小便をしたりと、滑稽な場面も描かれる。

 それで油断していると、雨の中、行軍中に突如、敵襲に遭い、戦友の加山が撃たれる。丸山はいったん退却するが、衛生兵に『遺骨を作るんだ』と命じられ、加山の小指を円匙(小型のスコップ)で切断しにいく。加山はまだ生きていて、衛生兵が押さえている間に切れと言われるが、指はなかなか切断できず、その間も銃弾が飛び交う。視界を遮るほどの雨の中、行われる矛盾した行為(命より遺骨を大事にする)に、手に汗握らずにはいられない。

 あるいは、戦友と糧秣(米)の袋を担いで小隊にもどる途中、ふと思いついたみたいに、互いの遺族に届けるために遺書を書いて交換したり(その戦友も死ぬ)、敵の顔が見えるところで軽機関銃を撃ち合ったり、味方の声かけにニヤリとした戦友が、笑った顔のまま爆弾に吹き飛ばされてバラバラになったりもする。

 兵隊といっても元々は素人だから、軽機関銃を撃っている途中で、カタッと故障してもうまく直せず(その間に目の前から戦車が来て砲撃される)、敵が投げてきた手榴弾を投げ返す途中で、ヘルメットに当たっただけで、『あーっ、やられたーっ』と勘ちがいする兵隊もいる。

 この気の小さい兵隊は、夜中に索敵に出た軍曹の『敵だーっ』の声に驚いて、誤って軍曹を撃ってしまう。腹をやられた軍曹は、同行していた丸山に、『おめえ、下がってれよ』と命じたあと、手榴弾で自爆する。

 素人兵の集まりだから、小心者やうっかり者も混じっていただろう。平時ではうっかりですむが、戦地では命取りになる。誤射した兵隊は『しまった』と頭を抱え、報告を受けた小隊長は、『あー、えらいことになったなあ』ですませてしまう。いかに生死が軽んじられているか。

 冒頭の一言は、そんな中で、玉砕命令が出ているのに、たまたま生き残ってしまった小隊の隊長2人が、後方のラバウル師団司令部から来た参謀に責任を追及され、浜辺で自決する覚悟を決めたときのセリフだ。

 隊長の1人・山岸少尉が家族からの手紙を引き裂き、海に投じる。もう1人の隊長・北崎少尉が、『彼女からの手紙か』と聞くと、山岸は『おふくろからの手紙だ』と、涙を浮かべる。波間に散る手紙の残骸を見ながら、北崎が厳しい目でつぶやく。

『一体なんのための玉砕なのか……。なんのための自決なのか……』

 それに対し、重々覚悟を決めた山岸が、冒頭の一言で諫めるのである。

 私はこの痛切な一言が忘れられない。

 その少し前、事情調査が進められる途中、参謀が部下に『二人はもとなにしてたんだ』と聞く場面がある。聞かれた法務中尉は、『一人は金持ちの一人息子、一人は女学校の先生です』と答える。紛う方なき市井の人間だ。その2人が、理不尽な状況で自決に追いやられる。

 いったい、なぜ。

 そこに至る複雑な事情は、戦争という大きなうねりならではのものだ。詳細は次回に。

(「総員玉砕せよ!! 聖ジョージ岬・哀歌」より)

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