【63】パカとはこれまた人を軽蔑したような……(鼠小僧芋吉)

©️水木プロダクション

 バカにされると腹が立つ。

 見知らぬ他人や目下の者にバカにされると、大抵の人は怒りを露わにする。しかし、こちらに弱みがある場合はどうか。

 短編「ああ無情」は、ネズミ男が人生を2倍楽しむために、自分を2人にする術を居酒屋で披露するところからはじまる。

実際にネズミ男が2人になっているのを見た絵草紙かきのメガネ出っ歯は、『この人手不足の世の中に、もう一人の自分がいたとしたら……これこそ正真正銘の所得倍増だ』と、もう1人の自分を注文する。ネズミ男は丸顔の助手に採寸させ、顔の型どりもして、間もなく“注文の品”を届ける。

 メガネ出っ歯は実は泥棒の鼠小僧芋吉で、もう一人の自分が届くと『同志』と呼び、2人で儲けようと持ちかける。

 本物の芋吉が、『物と金は俺が管理する。肉体と労働力を共有しようじゃないか』と言うと、贋芋吉は、『それじゃあ俺はドレイじゃないか。少しは人権を認めろよ』と、財産の半分を要求する。メガネ出っ歯が怒ると、贋芋吉は『人道的見地から言ってるだけのことだ』と突っぱねる。“人権”とか“人道的”とかいう言葉が、巧みに脅しに援用される。

 危機を感じたメガネ出っ歯は、ネズミ男のところにクレームをつけに行くが、ネズミ男は相手にしない。仕方がないので、自分で『ロボットをこわす』と言うと、ネズミ男に『パカな』と嗤われる。

 ここでメガネ出っ歯が冒頭の一言を口にするのだが、贋芋吉の被害を食い止めてほしいという弱みがあるので、露骨には怒れない。『パカ』という言葉がある種、謎めいているので、慎重にもならざるを得ない。そんなときの不快と困惑の表情を、水木サンは見事に絵にしている。

 ネズミ男はどうしても共存できないのなら、『わが社独特の「完全犯罪」法によって処理する』と言う。その方法は、メガネ出っ歯にいったん死んだふりをしてもらい、埋葬したあと、贋芋吉を殺して、入れ替わるというものだ。メガネ出っ歯が不安を訴えると、棺桶には竹筒を通しておくから、埋葬されてもそこから息を吸えばよいと説明される。

 葬式のあと、墓地に埋められて待っていると、足音が近づいてきて、メガネ出っ歯は出してもらえるのかと思いきや、竹筒を抜かれて、ネズミ男と贋芋吉になっていた丸顔の助手に全財産と命を奪われたことに気づく。

『俺ァだまされたのか……おお、世の中はオソロシイ……』と、棺桶の中でうなだれるが、もはや手遅れである。

 メガネ出っ歯はだまされつつあるとき、まるで現代の消費者のような言葉を口にする。『一流会社は違うネ』とか、『あなた、ソレ、メーカーとしての責任ある言葉?』とか、『全くゆきとどいたアフターサービスですネ』などだが、このマンガが発表された1965年に、水木サンは今の愚かしい消費者意識を見抜いていたことになる。

 よく投資詐欺などの儲け話に引っかかって、「老後の資金を奪われた」などと被害を訴える報道があるが、あまり同情する気になれないのは、このメガネ出っ歯同様、もともとウマイ話で得をしようという考えが透けているからだろう。

 ほんとうに信用できる会社は、信用させるようなことをあまり言わない。口のウマイ相手にだまされて、『世の中はオソロシイ』などと言ってみても、手遅れなのである。

(「ああ無情」より)

タイトルとURLをコピーしました