【32】プライドちゅうもんがおまんがな(不動産屋の主人)

©️水木プロダクション

 だれしもプライドがある。

 ささやかであったり、人に自慢できるようなものでなくても、それを傷つけられると、ムッとしてしまう想い。

 無神経な人間は、往々にしてそれを傷つけて、相手を怒らせる。私もよくその轍を踏み、度々人に嫌われた。

『ガロ』版『鬼太郎夜話』では、ねずみ男が『吸血木』を育てるため、10万円の予算で土地と家を求めて、町の不動産屋を訪ねる。不動産屋の主人は、『いまどき、そんなのおまっかいな』と、コテコテの大阪弁で応じるが、怪異な風体のねずみ男を見て、『あんたやったら、あるいは』と、川中の蛇ケ島にある大きな農家を勧める。

 ねずみ男は、『それにきめた!』と叫び、思わず主人の頭を『ペチン』と叩く。主人は、『なんでんね。人の頭を~~。これでも若いときは横山エンタツ先生について漫才やったこともおまんね』と怒り、冒頭のセリフを吐く。

 主人の顔をよく見ると、丸メガネに下がり眉、吊り目にチョビ髭で、どことなく横山エンタツに似ている。猫娘や物の怪、人狼にがま令嬢など、異形のキャラクターが登場する中で、この不動産屋だけはいやに実在感がある。もしかしたら、水木サンが実際に不動産屋で出会った人物かもしれない。

 横山エンタツと言っても、今の若い人にはピンと来ないだろうが、花菱アチャコと組んで、昭和10年代にしゃべくり漫才を創始した偉大な芸人で、息子が吉本新喜劇のとぼけた演技で一世を風靡した花紀京、弟子が横山ノック、孫弟子が横山やすしに横山プリンという系譜に、その偉大さが偲ばれる(といっても、いずれもピンと来ないか)。

 それはさておき、怒った主人に、ねずみ男はすかさず札束を取り出し、『十万円出すから、きげんなおしてちょう』、なぜか名古屋弁で言い、主人は札束をペラペラ数えながら、『そりゃまあ、現金見ればキゲンはすぐなおりまっけどな』と、吊り上げていた眉を下げる。プライドを捨て、ホンネを露出するところに、関西人らしさが滲んでいる。

  プライドより大事なのがホンネだが、それは往々にして恥ずかしいので口に出しにくい。ねずみ男はそれを軽々と見破り、乗り越えていく。

 物の怪と闘うとき、鬼太郎が待ったをかけると、『決戦を前におじけづいたか』と聞く物の怪に、鬼太郎が森脇真茶光(戦後に「金融王」と称された森脇将光がモデル)から預かった借金の返済請求書を突きつけると、物の怪は『お助けーっ』と叫んで逃げ出す。それを物陰から見ていたねずみ男はこうつぶやく。

「ウフフフ 人がこまっているとき、助けないのがぼくの趣味だ」

 ふつう、人が困っているとき、善意から助けることもあるが、見て見ぬふりをすることもある。そんなとき、たいていの人は疚しさを感じ、自分を恥じ入る。それでも助けない。なぜなら自分が損をするからだ。

 ネズミ男は、恥じ入ったりせず、それを正当化する。こういう卑劣な精神を持つと、人は強くなる。

 私が学生だったころ、「オレ、卑怯者やから」と開き直って、実習の当番やレポートの分担を拒否したヤツがいた。「ズルイぞ」と迫っても、先のセリフを繰り返すだけで、蛙の面に小便だった。

  善人でいることは尊いが、悪人になってしまったほうが生きやすいこともある。

(『ガロ』版『鬼太郎夜話』より)

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