【36】ぽーくしよっ(河童の太郎坊)

ぽーくしよっ
©️水木プロダクション

 オノマトペ。

 擬声語、擬音語、擬態語などと称される字句である。「ピーピー泣く」とか、「ガチャンと割れる」とか「シトシト降る」とかのカタカナ部分で、わかりやすい反面、安易な表現とされるので、文章に凝る人からは低く見られたりする。私も同人雑誌で小説を書いていたころ、うっかり使ってよく注意された。

 たしかに安易な言いまわしではあるが、どのオノマトペもはじめから存在したわけではない。だれかが作り出し、それがあまりにピッタリな表現なので、オノマトペとして定着したのだろう。「お腹がシクシク痛む」なども、実際に腹がシクシク鳴るわけではないが、ある種の腹痛をリアルに伝える。

 そういう意味では、既製のオノマトペは安易だが、新しいオノマトペは新発見と称揚されてもいいのではないか。

 冒頭の『ぽーくしよっ』は、河童の剣士・太郎坊が、出世した剣豪・戸塚八左衛門と闘うときの掛け声である。太郎坊はかつて八左衛門に背中を斬られ、1年間、河童界の剣豪として知られる阿修羅坊の元で修行をして、果たし合いに来たのである。

 太郎坊は『くわっ』と刀を打ち込み、『ブーン』と空中に舞い上がったかと思うと、『シューッ』と急降下で攻め込む。鬼気迫る果たし合いの中で、このオノマトペが発せられる。もし河童が剣の達人になれば、きっとこんな気合いをかけるだろうなと思わせる響きがある。

 それにしても、どうやったらこんなオノマトペが思いつけるのか。

 同じ叫びは、『コミック昭和史』の第1巻にも出てくる。水木サンが子どものころ、ガキ大将同士の縄張り争いで、敵地に偵察に行ったゲゲ(水木少年)が、ふいに相手の不良・エゲにつかまる場面で、エゲは2度、これを発しているので、実際にそう聞こえたのかもしれない。

 水木サンのオノマトペでさらに秀逸なのがこれ。

「ビビビビビビン」

 知らない人には想像もつかないだろうが、これはビンタの音である。ふつうなら、ビンタは「バシッ」とか「バチン」だろう。水木サンが軍隊で無数に浴びせられたビンタは、そんな生やさしいものではなかったようだ。コワイ顔の上官が、大手を振るって水木二等兵を殴る場面で、弧を描いて『ビビビビビビン』と描かれると、その凄まじさが如実に伝わってくる。

 ねずみ男もたまに鬼太郎にこのビンタを食らわせ、「ゲゲゲの鬼太郎」に対して、「ビビビのねずみ男」と称したりするから、水木サンもこのオノマトペは気に入っていたのだろう。

 ほかにも水木サンが発明したと思われるオノマトペは少なくない。『タラタラタラ』(戦車のキャタピラの音)、『ぐわしゃ』(腹に大きな石を投げつけられた音)、『くくくく』(錬金術ですりこ木を夢中でこねる男、あるいは不死の首の苦しむ声)、『ミヒヒヒヒ』(老婆になった花子の笑い声)、『ペチン』(父親が扇子で子どもの頭を叩いたり、ねずみ男が他人の頭を叩く音)、『あちゃちゃ、ぱちゃちゃ』(気が狂ったさら小僧の声)、『ンゴ~~』(悪魔くんが悪魔を呼び出そうとしたときの地面のうねり)、『バオ~~ン』(同じく悪魔くんが悪魔を呼び出すときの霊波の振動)、『ノーモカンダ』(若いころの水木サンが酔って友だちと河原で歌う声)などである。

 そして最後に、水木マンガに頻出する最高に秀逸なオノマトペを挙げておこう。哀愁を帯びた唖然のため息である。

「フハッ」

(河童シリーズ「梅林の宴」より)

タイトルとURLをコピーしました