【02】かしこいやつをバカにするとは…バカをかしこくするよりむずかしいかもしれないな(家庭教師の佐藤)

©️水木プロダクション
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 ふつう、家庭教師や塾の講師は、生徒の成績を上げることを目的としている。しかし、成績は簡単には上がらない。だから、苦労する。つまり、バカはなかなか賢くならないのである。

 それでも頑張って勉強すれば、少しは成績も上がる。わからないことでも、ていねいに教えれば少しずつわかるようになる。しかし、すでにわかっていることを、わからないようにすることは、かなりむずかしいのではないか。

『悪魔くん復活 千年王国』に登場する小学校2年生松下一郎は、1万年にひとりという天才で、奥軽井沢の別荘にこもって、悪魔を呼び出す術にふけっている。大会社の社長である父親は、息子のあまりの頭のよさに恐怖を感じて、社員の佐藤を家庭教師として派遣する。責任感の強い佐藤は、さっそく勉強をさせようとするが、神秘幻想数学や、古代エジプトの数学書を見せられて困惑する。そして、自分の役割は賢すぎる一郎の頭を、ふつうのレベルに下げることかと考え、冒頭の一言をつぶやくのである。

 賢くなるということは、一般に是とされ、多くの人がそれを目指す。賢くなることは簡単ではない。しかし、ほんとうにむずかしいのは、賢すぎる人間がバカになる(ふつうになる)ことではないか。ときとして、そのほうが好ましいこともあると、水木しげるは喝破しているのである。

 一郎=悪魔くんが悪魔を呼び出そうとしているのは、その力を利用して差別や貧困のない平等な世界を創り出すためだ。しかし、常識人である佐藤には、その崇高な理念が理解できない。背骨をシャンとさせるとか、冷水摩擦をするとか、そんな表面的なことにこだわり、悪魔くんの怒りを買って、ヤモリビトに変えられてしまう。

 禿げた天狗のように怪異な容貌になってしまった佐藤は、絶望のあまり、喫茶店で前に座った夫婦連れの客のコーヒーを誤って飲んでしまう。怒る夫婦に対して、ヤモリビトの佐藤が苦渋の表情で言う。

「あなたがたのような幸運にめぐまれた鼻の下の長いおかたにはわからないかもしれませんが、まずしい者はよりまずしく……富める者はより富をたくわえる…というのが現実なのです」

 むろん、サラリーマン風の客は理解を示さず、あくまでコーヒーの弁償にこだわる。絶望した佐藤は、顔をしかめ、「チェッ」と舌打ちをして、「この夫婦はなってない」とつぶやくのである。

 誤ってコーヒーを飲まれた客に、みずみずしい美男子から醜いヤモリビトに変貌させられた佐藤の苦悩など、理解できるわけもない。“幸運にめぐまれた鼻の下の長いおかた”は、世の中にあふれている。そう思った瞬間、果たして自分はどうなのかと、背筋に冷たいものを感じるのは、私だけだろうか。

(『悪魔くん復活 千年王国』より)


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