【43】国民を型にはめて便利に使いやすくいたしましては(書記のゴマ)

©️水木プロダクション

【4】で採り上げた「こどもの国」のシリーズは、冴えてる一言が満載であるだけでなく、子どもに政治とか社会の実態を教えるテキストとしても使えるくらい、あられもない真実を描き出している。

 戦国時代、世の中が乱れたため、孤児たちが集まって造った子どもの国に、『ニキビ』という名の『大統領』がいた。大統領に仕える『書記』は、メガネ出っ歯の『ゴマ』である。

 善良な市民である丸顔の『三太』は、女の子たちに高価な腰巻を売りに来た『カルダン』ことねずみ男を追い払い、ガールフレンド?の『お軽』に桃色の腰巻を買ってやろうと思っていた大統領に叱責される。

 三太が帰ったあと、ゴマは、『こういうことがありましては、この国の統治もむずかしかろうと思いますので』と、『期待される子供像』の制定を大統領に進言する。その目的が冒頭の一言である。

『国民を型にはめて便利に使いやすく』というのは、戦前の軍国主義を知る水木サンならではの言葉だろう。いや、何も戦前にかぎらない。現代でも、政治家はみんなそう思っているはずだ。政治家にかぎらず、仕事の上司も、学校の教師も、子どもの親も、上に立つ者はみな同じではないか。素直な国民、素直な部下、素直な生徒や子ども……。

 翌朝、ゴマが子どもたちを集めて、この国をもっとよくするためにとうそぶきながら、『期待される子供像』を提案すると、子どもたちは『今更めんどうくさいじゃないか』と反対する。

『ま、そういうなよ。政治はむずかしいんだ』と、ゴマが猫撫で声を出したところで、三太が鋭い一言を放つ。

「なにかたくらむからむずかしくなるんだ」

 政治にかぎらず、仕事でも、教育でも、家庭でも、子育てでも、何かをたくらむと話がややこしくなる。そこに私利私欲や価値観の押しつけがまじると、さらに胡散臭くなる。それなら何もかも包み隠さず、公明正大にやればすべてうまくいくかと言えば、現実はそれほど甘くはない。話のわかる人間(状況に応じて、自分の損や不利益を受け入れられる人)ばかりならいいが、そうでない人(文句を言う人、自分だけは損をしたくない人)が多いので、たくらみや隠し事をせざるを得なくなるのだ。

 この場合は、明らかに大統領が国民を操るためのたくらみなので、三太の直感にほかの子どもたちも素朴にうなずく。だが、狡賢いゴマは、『いやいや、あなた方善良な市民のいうことはよくわかってるんだ』とおもねり、泥棒やイジメの例で危機感を煽って、協議に持ち込むことに成功する。

 子どもたちが畑仕事に出かけると、ゴマは『単純なものですよ。ホッホッホ』と、ニキビに首尾を報告しつつ、『配給だけではやれませんからネ』と、かくし芋をふかして食べる。

 しかし、『三十八度線川』で南北に分かれる部落の『北』から、大量のネズミがやってきて、かくし芋を食べてしまう危険性があると知ると、ゴマは『芋を防衛する研究をすればよいではありませんか』と提案し、その研究を『三矢研究』と名づける。

「三矢研究」とは、朝鮮半島有事を想定した防衛庁の極秘机上作戦演習で、1965年に国会で暴露され、制服組の暴走として大きな問題になった。マンガが発表されたのも1965年だから、この寓話は明らかに朝鮮半島と日本の緊張関係を下敷きにしている。

 芋をネズミから守るため、ゴマが多数の猫を飼う計画を立てていると、貧しい子どもたちは、『ねずみが来たってかじられるものがねえよ』とボヤき、ニキビたちが『芋でもどこかにかくしてんだろ』と疑う。

 正義感に燃える三太が追及に向かうと、ゴマが出てきて、余裕の笑みで『大統領の深い思いやりが誤解をまねくだろうと思っていた』と答える。ニキビは万一の飢饉に備えて、国民のために芋を貯蔵しているというのだ。

 三太が国民は猫を飼うことに反対していると言うと、ゴマは、『お前のようなバカ正直なものは反対するかもしれない。しかし、中にはこっそり芋をたくわえている国民だってある。そういう者は賛成に決まっているのだ』と反論する。ネズミにかじられるほど持っている者は……と疑問を呈すると、ゴマは「てめえ、共産党のような皮肉をいうが」とにらみつけ、1日2個食べる芋を1個にするのも自由だと、貯蓄の自由を称揚する。これに対し、三太は『いじましい自由ですね』と揶揄する。

 三太が、『芋を守るなら芋のありかを公表したらいいじゃないか』と迫ると、ニキビが出てきて、『「期待される子供像」に反してるゾッ。ゲンコだーっ』と、棍棒で殴りかかる。ところが、ニキビは足を滑らせて転倒。三太が棍棒を奪ってニキビを倒すと、子どもたちは、『あ、クーデターだ。三太が政権をとったゾ』と、興奮する。

 ニキビとゴマは追放され、三太が大統領に選ばれて、ワイマール共和国のような自由で平等な国ができあがる。まさにハッピーエンドだが、ラストのコマでねずみ男が現れ、ニキビとゴマに、『芋がカマスに一杯あれば政権はとれる』とそそのかして、第一話は終わる。

 果たして、三太の理想の国はどうなるのか。ここからが水木マンガの本領発揮。次回をお楽しみに!

(「こどもの国〈第一話〉大統領誕生」より)

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