【45】大臣と大将だけしか集まりません(牛五郎)

©️水木プロダクション

 有事の折、国の指導者が動員をかけたとき、大臣と将軍しか集まらない軍隊では勝ち目はない。そんなことにならないよう、国の指導者はふだんから兵隊たちを大事にし、不平不満が溜まらないようにしておかなければならない。

大統領に復帰したニキビは、くさった政治で自分たちだけぜいたくをしているが、亡命したベビィたちがゲリラ化して、石を投げつけて逃げたりする。

 肥溜めで窒息しかけたのを助けられ、三太に協力を強要されたねずみ男は、ベビィ・ゲリラを鎮めるためにも、三太の実力を認めてやれと、ニキビにアドバイスする。

 するとニキビはこう答える。

『バカな。政治がくさっとるからこそ、おいらアぜいたくができるんだぜ』

 しかし、女の子たちはひそかにベビィを支援し、大統領の家を燃やす計画を後押しする。ニキビは世情不安を抑えるため、『勲章でも作ろうじゃねえか』と、小手先の方策でごまかそうとする。ゴマが『賛成ですネ』と応じ、叙勲のプランを練っていると、ベビィたちが家に放火する。

 怒ったニキビが『軍隊を動員しろッ!』と命じたとき、副大統領の牛五郎が冒頭の報告をするのである。

 いざというときに機能しなければ、“軍隊”とは言えない。そのためには装備も必要だし、訓練もしなければならない。重厚な装備を整え、厳しい訓練も行い、準備万端調っても、出番がなければ、兵隊たちは何のために訓練したのかわからないし、将軍や政治家も何のために莫大な予算を注ぎ込んで、戦闘機やイージス艦を揃えたのかがわからなくなる。そこで、使わなければ意味がない・・・・・・・・・・・という暗黙の圧力が徐々に高まる。

 国内の兵器産業も同じで、国を守るために戦車や戦艦を造れと言われ、生産ラインを整えるが、途中で「もう十分」と言われたら困る。多額の費用をかけた生産ラインが用なしになるからだ。だから暗黙のうちに、兵器を“消費”してほしいと考える。

 というように、軍備は整えれば整えるほど、戦争への傾斜が強まる宿命を負っている。

 ならば軍備をいっさい放棄して、完全な丸腰になったらどうか。近隣の国がすべて善良であればいいが、そんな保証はどこにもなく、むしろオメデタイ平和ボケの国を“据え膳”と見なされる危険性を否定できない。

 1990年のイラクによるクウェート侵攻は、その2年前にイラン・イラク戦争が終結し、イラク国内で大量の軍人が余ったことが遠因であるらしい。この話はイラクの侵攻があったまさにそのとき、私が日本大使館の医務官として勤務していたサウジアラビアで聞いた話だから、信憑性は高いだろう。

 ソ連のアフガニスタン侵攻や、NATOによる空爆も同様の側面があると聞く。古い兵器は“消費”しなければ、新品を購入しにくい。新品を造る会社も、古いのが残っていると買ってもらいにくい。すなわち、軍備を増強すればそれだけ戦争の危険が高まるということだ。

 しかし、軍備が脆弱だと、侵略を受ける危険を免れない。だから、日本は国内にアメリカ軍の基地を造ってもらい、憲法を都合よく解釈して、十分ではないけれど不十分でもない軍備で、危ういバランスを保っているわけだ。

「こどもの国」に話をもどすと、ニキビが将軍と大将だけで攻撃を開始すると、三太がベビィと女の子の連合軍でニキビ軍に反撃し、有利に闘いを進める。ところが、『むこうは秘密兵器をもってるんだ』というねずみ男の計略に引っかかって、三太はこどもの国を二分する条件で、ニキビたちと和睦する。

 こどもの国が『健全な国』と『くさった国』に分かれると、となりの大国『たぬきの国』が攻めてくるが、はじめ「くさった政治」で同盟していたニキビ軍が、三太軍に捕らえられたねずみ男の弁舌で寝返り、ともにたぬき軍を撃退して、またひとつの国にもどる。

ニキビと三太は和解して、水木マンガには珍しいハッピーエンドで終わる。ねずみ男でさえ、『俺の心がまがりすぎてたのかな』と反省する始末だ。

 だが、私は懸念する。『たぬきの国』の脅威が去って、平和が訪れ、時間がたつとふたたび前と同じようなもめ事が起こるのではないか。人の心は変わらないし、物語がハッピーエンドで終わっても、現実は終わらないのだから。

(こどもの国〈完結編〉「戦争と平和」より)

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