【39】長い間、体を動かすことなくめしを食っておるエライ人間じゃ(忍術評論家「大壮玄語」)

©️水木プロダクション

 だまされるマジメな人々。

 たいていの人はまじめで善良だが、疑う能力が十分でない。言われたことをそのまま信じる傾向がある。特にエライ人が言うと信じる。

 エライ人とは、肩書のある人、権威のある人。あるいは権威がある(と思われる)媒体。すなわち、新聞やテレビ。

 かつては、「新聞に書いてあった」というだけで、みんなが信用した。信頼度はやや下がるが、「テレビで言っていた」もかなり有効だった。現在の「ネットに出ていた」は、さほど影響力を行使し得ない。どちらかと言えば眉唾と見られる。

 ヒットラーは、その著書『わが闘争』に、「大衆は小さな嘘より大きな嘘にだまされやすい」と書いている。これも“冴えてる一言”だろう。

 短編「合格」では、丸顔の少年侍に、ねずみ男が、『ボヤボヤと昔風な武者修行なぞにうつつをぬかしておると、時代のバスにのりおくれるぞ」と声をかけ、『こういう時にどこの大名でもほしがっているのが忍者だ』と煽る。すると少年侍は、『拙者をなんだと心得ておる。忍者たるべくはるばる伊賀にまいった者であるぞ』と言い返す。

 ここまでは2人の関係は対等だが、ねずみ男は己の不明を恥じるように驚いて見せ、『たはっ、思ったより目先の利く童だ』と、少年侍を持ち上げる。

「顔相も家康公の幼少をほうふつさせるものがある」

 少年侍が『おだてるではない』といい気になったところで、すでに詐欺に引っかかっている。『君は何者だい』と聞く彼に、ねずみ男は『まいれ。証明書を見せてつかわす』とうそぶき、『忍術評論家 大壮玄語 右證明する 伊賀忍者組合』と書いた怪しげな紐付き板を見せる。そして、冒頭の一言をつぶやく。すると、少年侍は。『おみそれしました』と跪く。

 あとはねずみ男の言いなりで、弁当と金子を取られ、試験と称しておかずの魚を捕りに行かされ、布団と千両箱、さらには逃走用の馬まで持ってこいと言われる。少年侍は行く先々で棒で殴られたり、刀で切られたりもするが、ねずみ男は言葉巧みに励まし、脅して、少年侍を意のままに操る。

 少年が最後の答えを持って来ると、ねずみ男は『キミはいよいよ合格したのだ』と言い、「百地三太夫宛の紹介状」を手渡し、馬に乗って何処へか去る。

 疲労困憊して『カンゲキの休息、カンゲキのねむり』を貪ったあと、目覚めた少年侍が、『どのように紹介して下さったのだろう』と、紹介状を開いてみると、そこには、『ばか』の2文字があるだけ。

 ふつうなら疑うはずのあざとい手口に気づかないのは、詐欺師が絶妙のタイミングで発する手練手管だろう。おだてたり、焦らせたり、くすぐったり、信用させたり。オレオレ詐欺や投資詐欺、フィッシング詐欺などの類いだ。

 だまされる人はたいてい善良だから、同情を集めやすいが、だれも助けてはくれない。「人を騙すくらいなら、自分が騙されるほうがいい」というような、善良のカタマリみたいなセリフもときにささやかれるが、大半は負け惜しみだろう。

 医療情報、健康情報、サプリメントのCM、新聞広告、健診や検診の呼びかけなどを見ても、あちこちに「大壮玄語」氏がいるように思える。その情報を信じた人は、あれをしろ、これをしろ、あれはするな、これもするなと窮屈な生活を強いられ、お金と時間と労力を無駄にさせられる。

 なぜ信じるかというと、得をしたいとか、いつまでも健康でいたいとかという“欲望”につけこまれるからだ。超然としていれば、騙されることも少ない。

 信じて苦しむのも自由、無視して超然と生きるのも自由。ただし、後者には相応の見識と自己抑制が必要である。

(「合格」より)

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